「残穢も気配もまるで感じられませんでした」
俺はそう応えながら、右手に持ったサンドイッチに目をやった。
直角三角形の鋭角だった部分はバツリと欠けている。
虎杖の歯の形に切り取られたそれを、俺は持て余している。
虎杖でバンジージャンプを試した後、朝まで八十八橋を張ったが何の成果も無かった。
徹夜の疲れと眠気と空腹でぼんやりしていたのもいけなかったのかもしれない。
だからたぶん、判断力が低下していたのだ。
おにぎりを買った虎杖が、具沢山の俺のサンドイッチを見て「それも美味そう!」と言ったのに対して「食うか?」と答えてしまった。
「いいの?」とキラキラとした顔を向けられて、何も考えずにあいつの口元にサンドイッチを掴んだ手を突き出していた。
口の中がよくみえるくらいに大きく口を開けて、だが囓った分量は僅かだった。
雑そうに見えて気遣いの出来る奴だから「味見」の範疇を超えない齧り方をしたのだろう。
「めちゃくちゃ美味いね!あんがと!俺のおにぎりも食べてみる?」と言うのを断って新田さんを交えて状況を整理する。
そうしながら、サンドイッチの歯型に困惑する。
この歯型は虎杖のものだ。
海苔をまいたおにぎりをぱくつきながら喋る虎杖の口元に目がいく。
よく動く大きな口。
唇についた海苔の欠片を、ちょろりとはみ出た舌が舐めとる。
再び手元のサンドイッチを見た。
虎杖の。
あの唇が。
あの健康的な歯が。
直接触れたサンドイッチ。
まだ任務は終わっていない。
これから動くことを考えれば、今は軽く腹に入れておかなければ途中でバテてしまう可能性もある。
軽くて蛋白質と野菜も摂取出来る。
この状況ではサンドイッチはベストな選択だ。
しかし。
これは………
「ピコーンって言った?」
「言った言ったー!」
釘崎と二人で新田さんを茶化してはしゃぐ虎杖を見て、それから再び手元のサンドイッチに視線を戻す。
これ……間接キス……なのか?
虎杖の歯列の形に欠けたサンドイッチを睨みつける。
口の大きなイメージだったが、歯型のサイズから意外にも口の中は小さいようだ。
確かにこいつの顎は小さい。
顎の下を撫でてみたいと思ったことがある。
真っ白な歯の奥にある舌はどんな味がするんだろうかとか。
虎杖に彼女が居ない。おそらく居たことがないであろうことは、今までの会話で推測されるので、おそらくこいつの唇はおろか歯、まして舌に触れた者は居ないはずた。(勿論、医者はノーカンとする)
任務のことだけを考えろ伏黒恵。
何てことはない、男同士の只の軽食のシェアだ。
これくらいは間接キスにはカウントされない。
考えすぎるな。
意を決してサンドイッチに口をつけると、虎杖と目が合った。
それは一瞬で、すぐに新田さんのほうを向いて話題に戻ったが……
その頬は
確かに
赤らんでいた。